同窓会会員の皆様へ
昨年春、私たちの尊敬する恩師林秀行先生が、永遠の旅に出られました。
先生は40年余りの間、私たちの学び舎で多くのことを教えてくださりました。
陶芸同窓会では一昨年秋から先生のインタビューを企画しておりましたが、直前にお怪我で入院
され、ご家族のお力を借りて質問にお答え頂いた次第です。
先生が私たちに伝えたかった思いや、教育への情熱、作品創作の意欲、作家として歩んだ道や、
人生観についてお話しいただきました。
先生のストレートな思いや、お気持ちが詰まったメッセージを、ぜひご一読ください。
末筆ながら、日常にかまけて、この記事掲載までに必要以上の時間を要してしまいました事、ご
協力頂いたご親族はじめ、皆さまには大変申し訳なく、心よりお詫び申し上げます。何卒ご容赦
くださいますようよろしくお願い致します。
陶芸同窓会会長 嶋田ケンジ
林秀行先生インタビュー 2024.3.12
・先生が陶芸を生業とするご家庭に育ち、作陶することを仕事として選ぶ切っ掛けなどをお聞かせください。
○ 当時は、長男が家業を継ぐという、言わば理不尽な理由で父親の仕事を手伝っていたんです。
大学生の時、辻晋堂(※1)さんの勧めで「二紀会(※2)」に入って毎年京都市美術館の展覧会に出品していたんですが、家の仕事で手が一杯で「二科会(※3)」に出品していなかった29歳の時、展覧会をやっていた走泥社の八木一夫(※4)さんの誘いで気軽に走泥社に入りました。
当時の五条坂は、登り窯を焼くのは組合のような格好で、それぞれの陶器屋さんが、一ヶ月かかって作った作品や器を決まった日に焼く。その昔は「親の死に目にも会えない」などとも言われていました。
父親の仕事をやっていた時分には電気窯やガス窯になって個人個人で焼けるようになってました。登り窯で決まった日に焼くのが、個人で焼くようになり、形態が一変しましたね。
・お若い頃(学生時代など)の作陶活動やエピソード、好きな作家など教えてください。
○ 京都市立芸大4回生の時に「二紀会」で賞を貰いました。親の仕事をしながら時間を見つけて鉄などの材料で彫刻を作っていました。学生時代は彫刻に憧れていたけれど、25歳で結婚して生活のために食べていかんならん、彫刻は生活から解離しているという思いがあって…この複合的なことがあって走泥社に入ったときは、自然体で仕
事ができるようになりました。
36歳の時「日本陶芸展(※5)」で文部大臣賞を受賞した事が大きな飛躍のきっかけになりました。走泥社に入ったことに後悔はない。八木一夫さん、辻晋堂さんのお陰です。
好きなアーティストはブラック、ブランクーシ…ブラックはちょっと控えめなところ。須田国太郎、京大を出て、ヨーロッパで画業を積み、ブラックに通じるところがある…
・教員としてのご経験や通信教育部の立ち上げ時のエピソードなどお聞かせください
○ 大事なのは「自分に嘘をつかない」「作品、学生に正面から取り組む」この二つは大きな柱と言ってもいいでしょう。
通信教育は訳の分からないところから始めたのが良かったんじゃないかと思います。
人間関係で一度大学を辞めていたのですが、陶芸コースを作り直して欲しいという話があって、それに当たり、自分の思うように正直に取り組むことを前提にすることを約束して…自分の思うような学校にしたい…お互いに真剣勝負で臨みたいという思いやねぇ。通信教育部では通学部で出来ない事をやりたいとも思いました。取り分け学生とのコミュニケーションを大切にする、お互い出会って良かったと思えるようにしたいと。
学内では、学生それぞれ個人としての文化が集まるフォーラムのような雰囲気の中で自由に作陶する。教員と学生との距離、学生同士の距離を縮めるように懇親会や学外学習をやることにしたんです。学外スクーリングで違う窯の焼き物を焼く、2泊3日で窯焚きをするなかで、お互い自由に言い合う雰囲気ができ、人間関係の濃密さが生まれる。卒業後も作陶の活動で繋がっているのは本当に嬉しいことやねえ。
・現在の作品やこれからについてお聞かせください。特に陶胎漆器についてなど?
○ 何年か前に東京の博物館で見た「陶胎漆器」を見て面白いなあと思っていたんです。調べたら縄文時代からあると…たまたま僕の友達の松井くん(※6)がやっていて「松っちゃん教えてくれよ」と言って、教えて貰いに行って…まあ本格的では無いんやけど、どこに魅力があるのか具体的には分かりませんけど、面白そうやなと思ってやり出したんです。まぁいつもの僕のひとつのパターンではあるんやけど…「同じことやっても面白ないや」…何か本格的ではないけど面白い可能性を感じた訳やね。なんか作品の中にね、漆を塗る部分との対比やね。相対的やね…ひとつの事に嵌らずに…類似かな…類似性の中に何か新しいものが出てくるという風に僕は思ってるんです。そこからまた新しい次の文化が芽生えるであろうと思ってるんです。
おんなじ事やってても人間が日々新陳代謝して新しい細胞が生まれる。いつもそんな感じで仕事するんやけどね。 まあ道半ばというかほんの入り口やね。
・これからの人たちにメッセージがあれば
○ 若い人にというと大袈裟になりますけども、上手に小手先で仕事をするのが非常に増えています。え〜それはまあ個々の条件があってそうなってるんやろと思うけど、若い人を含めてやけど…なんか手先の仕事なんやね。そうではなしにもっと五感を研ぎ澄まして仕事をするということが大事やろうと…
心を揺さぶるような仕事にお目にかかることはほぼ無いに等しいと思う。まあ僕を含めてということかも分からんけど やっぱり人の心というか気持ちを揺さぶるような仕事をして欲しいなあ…僕も含めて…なんか今お互いに、ほらええ意味での丁丁発止と違って、多少の妥協と言うか、なあなあでやってるとこありますよね。そうじゃなしにもうちょっと走泥社が最初に掲げた志しのような…
・先生のお好きな言葉の「書生の心意気」とでも言うんですかね?
そうやねぇ…なかなかうまいこと表現できひん…おんなじこと繰り返してんのかも分からんけどな…堂々巡りちゃうかなと思うんやけどね、初めから仕舞いまで。まあそんなとこやろ
・長時間にわたり、ありがとうございました。
インタビュー音声(12分37秒)
※
1 辻晋堂氏(1910〜1981)彫刻家、京都市立芸術大学名誉教授
2 二紀会 一般社団法人二紀会、日本の美術団体で公募展である二紀展を主催
3 二科会 公益社団法人二科会、日本の美術団体で絵画部、彫刻部など二科展を主催
4 八木一夫氏(1918〜1979)陶芸家、前衛陶芸集団「走泥社」を結成
5 日本陶芸展 (1971〜2019)毎日新聞社主催の全国公募展 2019年第25回展で終了
6 松井利夫氏(1955〜)陶芸家、京都芸術大学教授、滋賀県立陶芸の森館長
第16回通信教育課程卒業生・修了生全国公募展 講評会のお知らせ
令和7年8月吉日
陶芸同窓会会長 嶋田ケンジ
陶芸同窓会会長の嶋田ケンジと申します。
毎日、茹だるような暑さが続いていますが、お元気でお過ごしでしょうか?
8月23日(土)全国公募展の最終日に開催します講評会についてお知らせ致します。
陶芸同窓会では、コロナ禍以前から講評会を開催しております。
今年は専任の先生に加えて、ゲストとして清水六兵衞先生をお招きし、講評をして頂く事になりま
した。
講評会後には、先生方のお時間許す限り、制作に関するご質問などの時間を持てればと思ってお
ります。
卒業生・在学生どなたでもご参加頂けますので皆さまのご来場を心よりお待ちしております。
■ 日時:令和7年8月23日(土)
・13:00~14:00 講評会(会場:大学オーブ)
・14:00~ 質問コーナー
◼ 講師:清水六兵衞先生、かのうたかお先生
※参加申込は不要です。お気軽にご参加ください。
※23日11:00からギャルリ・オーブエントランスではアートマルシェが開催されています。
⚠ 講評中の動画撮影及びYouTubeなど動画配信サイトへの投稿は禁止とさせていただきます。何
卒ご理解ください。
是非、沢山の方々ご参加いただきます様よろしくお願い致します。
●第16回通信教育課程卒業生・修了生全国公募展
◇日時:8月17日(日)~8月23日(土)11:00~18:00 ※最終日のみ16:00閉廊
◇会場:京都瓜生山キャンパス ギャルリ・オーブ
※来場自由(出展には事前申込が必要)
▼https://air-u.community.kyoto-art.ac.jp/#/topic-details/82312
●アートマルシェ
◇日時:8月23日(土)11:00~19:00
◇会場:京都瓜生山キャンパス ギャルリ・オーブ
※来場自由(出展には事前申込が必要)
▼https://air-u.community.kyoto-art.ac.jp/#/topic-details/82432
●特別講義
◇日時:8月23日(土)14:30~16:00(予定)
◇会場:京都瓜生山キャンパス ギャルリ・オーブ※来場+オンライン(YouTube)
◇講師:田口かおり先生(京都大学大学院人間・環境学研究科准教授。保存修復学、美術史、表象文化論専攻)
●瓜生山懇親会
◇日時:8月23日(土)17:00~19:00(予定)
◇会場:京都瓜生山キャンパス ギャルリ・オーブ※来場+オンライン(YouTube)
◇プログラム:公募展授賞式*、クイズ大会など
*大賞1点、優秀賞(同窓会賞)2点を表彰
【オンライン配信について】
特別講義・懇親会の模様をオンライン(YouTube)配信します。
オンライン配信を視聴される場合は、申込不要です。視聴用URLは後日お知らせいたします。
<お問い合わせ>
京都芸術大学通信教育課程 学務課
e-mail:question@air-u.kyoto-art.ac.jp/コンシェルジュ
主催:京都芸術大学 通信教育課程 企画:京都芸術大学 通信教育部学生委員会
2024年3月29日、京都芸術短期大学、京都造形芸術大学でのご指導と通信教育部の起ち上げにも尽力された林秀行先生がご逝去されました。
生前のご厚誼に心より感謝するとともに、ご冥福をお祈り申し上げます。
お通夜 4月1日(月) 18:00~
告別式 4月2日(火) 13:00~
場所:公益社中央ブライトホール
〒605-0846 京都市東山区五条橋東3丁目390
075-551-5555
みなさん、初めまして。2023年度から、京都芸術大学通信教育部陶芸コースの専任講師に着任しました、「かのうたかお」です。よろしくお願いします。
新人の講師が来たということで、名前を見て、まずはネットで検索された方もおられるんじゃないかと思います。で、出てくるのは怪しい風貌の写真ばかり。なんだこいつは?と思われた方も多いと思います。決して怪しいものではありませんので、まずは自己紹介を。
1974年、京都の生まれです。生家は陶磁器を生業としている家で、叶松谷(ご存じの方もおられるかもしれませんね)という窯元です。少年時代から、決して運動神経は良くないものの、走り回ったりイタズラしたり色々な事に手を出すのが好きな子供でした。その頃から時々、仕事をしている祖父や父の後ろで黙々と土を触って何かを作ったりもしていました。
そのまま小中高と、順調にスクスクと成長し、京都精華大学美術学部造形学科陶芸に入学し、陶芸を学び始めます。学び始めたはいいものの、大学生活を楽しみ過ぎて、部活やバイト、学業以外に力を入れている、そんな典型的な大学生でした。楽しい学生生活も4年目を迎え、モラトリアムをさらに楽しむために大学院を受験しようか、なんて考えていた時に、高校時代からずっと気になっていた『青年海外協力隊』の存在が改めて大きくなってきて、とりあえず応募して受験。結果は運良く合格で、それまでの自分の人生でも聞いたことのなかった西アフリカのニジェール共和国という国へ赴任することに。自分の中ではこの協力隊での2年半が大きな経験となりました。
任期を終えての帰国後から、実家の工房の一画を使わせてもらいつつ自分の制作をはじめるのですが、この時に、大学4年間で真面目に陶芸と向き合わなかったことを大いに後悔し、技術や知識など、必要な事を少しずつ身につけていきました。
自分の作品の制作や売り込みなどをしながら作家活動が始まっていきました。当時は自分の作品だけではなく、作家さんの制作のお手伝いや展示のお手伝い、窯焚きなどにも押しかけて行ったりしていました。そんな中、母校の京都精華大学からお声がけいただいて、助手になり、僕の教員生活への道が始まりました。その後は色々な大学や専門学校で非常勤講師の仕事を続けたのですが、陶芸の授業だけではなく、大きな意味でのデザインについての授業なんかも担当していました。
こういった様々な経験をしつつ、今年度より京都芸術大学通信教育部陶芸コースの専任講師に着任しました。
少し、作品の話もしておこうと思います。
作品は造形的な作品や日常使いの器など、様々なものを作っています。
その中でも、僕の代表作と言えるものが「天アリ」というシリーズです。壺の形をしたものは「壺中天アリ」、茶盌の形をしたものは「掌中天アリ」といった様に、対象によってタイトルは少し変わるのですが、この「天アリ」のシリーズが僕の作品としてよく知っていただいていると思います。このシリーズは、粘土ではなくシャモットを用いて作られている作品です。シャモットを焼き固める事で塊状のものとなっており、塊としてその形が何であるか、は認識できますが、外部と内部が絡み合い、不思議な造形となっています。社本が材料という事で、いわゆる陶芸作品とは違った表情になっています。
他にも、野焼きのシリーズや、蓄光素材を焼き付けたもの、陶にメッキを施したものなど色々と取り組んでいます。既存の価値観にとらわれない事や実験的な事なんかが大好きで、自分の作品の中にもそういった要素が含まれていると思います。
色々な事に興味を持って、色々な事に手を出して、失敗も多い僕ですが、僕だからできる様な考え方でこれからの陶芸コースを盛り上げていきたいと思っています。
まだまだ至らない事はあるかと思いますが、よろしくお願いします!
この度、前任の鬼束鐵二郎氏より、引継ぎ陶芸同窓会の会長に就任いたしました嶋田ケンジと申します。
私は、98年度に通信一期生として入学し、通信大学院、そして現在、非常勤講師と、長く陶芸コースに関わらせていただいており、非常に感謝と愛着を感じております。
微力ですが、陶芸を通じて何か面白いこと、皆様と共に楽しめること等を新たな役員メンバーと共に推進、活動して行きたいと考えておりますので、皆様、どうぞよろしくお願い申し上げます。
2023年9月吉日
田村早織(2019年度 通信陶芸大学院修了生)
私の大学院の修了研究は「野焼き」でした。きっかけは2017年卒制黒陶焼成実習で黒田村アートビレッジを訪れた際に、中野先生がトタン板を巻いただけの窯で作品を焼成しておられたことでした。「それで焼けるのですか?」「・・・どうやろう?」。 結果は生焼けでした。
翌年大学院に進んだ私は同窓会の「楽制作会」に参加し再びアートビレッジへ。空気の供給を改良したトタン窯に再度作品を入れていただきました。点火から10分後、一気に燃え上がった窯からパン!パン!と作品が破裂する音が響きました。結果はとってもよく焼けていましたが、作品はバラバラでした。
この爆発が私の陶芸人生におけるエポックメイキングな出来事になりました。自宅に帰った私はすぐに爆発した原因と改善点をレポートにまとめて先生に提出し、図書館やネットで野焼きの資料を集めて何パターンかの焼き方を提案、アートビレッジでできるのはどれかを質問しました。ちょうど2カ月後にアートビレッジで学部と大学院合同の黒陶焼成実習の予定があり、焼成するチャンスがあったからです。そして清水先生のご理解の下、中野先生と学友達の助けを借りて焼成した私の最初の野焼き窯は、拙い焼きながらも手応えのあるものになりました。実はその頃の私は、自分の作品は土で作品を作り上げた時が一番で、焼いたり釉薬をかけたりするほど魅力が無くなるといつも感じていたのです。それでも焼くことのメリットも手放したくないしともがいていた時に、野焼き焼成によって初めて魅力が増したと感じられる作品が焼けたのです。修了制作は「野焼き」しかないと心に決めた瞬間でした。
しかしすぐに問題に直面しました。大学院の研究であっても個人でアートビレッジの利用はできず、大学でも自宅でも煙を出すことは許されない環境でした。研究しようにも野焼きをする場所がなく私が窮地に陥った時、現れた救世主が陶芸同窓会でした。
研究、学習会目的限定で同窓会員が企画書を提出して同窓会が承認し条件をクリアーすれば、グループでのアートビレッジの利用ができるという規約があったのです。これは同窓会が数年にも渡って大学側に働きかけを続けてやっと認められたもので、私は先輩たちの努力の恩恵を受けて野焼き研究会としてアートビレッジを利用しての研究を続けることができ、無事に大学院を修了することができたのです。
黒田村地元住民の方々のご協力を頂けていることも幸運です。煙が出る焼成の承認だけでなく、焼成に必要なもみ殻や、薪などの木材の提供までしてくださいます。大学施設としての管理や研究に対する助成も整った環境で、本当にありがたいことです。
大学院修了後もこの研究会は続けさせていただいて、昨年私は野焼き作品だけで個展を開催することができました。さらに最近新たな研究仲間にも恵まれて、今後も仲間と切磋琢磨しながら可能なかぎり制作、研究を続けていきたいと願っています。黒田村に感謝!ビバ!アートビレッジ!です。
瓜生山同窓会美唄支部 支部長 五十嵐 伸幸
陶&染織コースを卒業した全国の仲間が作品を持ち寄り、楽しく交流し、喜びを分かち合う機会を作りたいとの願いから2005年度卒業生3名を中心に4名で2006年「アートウェーブ展」を立ち上げました。
会場の「アルテピアッツァ美唄」は、世界で活躍する美唄出身の安田侃氏の彫刻が点在する美しい公園です。公園内にある木造校舎の二階には自然光の降り注ぐギャラリーがあり、皆で作る展覧会を想像するだけで気持ちの高まりを感じざるをえませんでした。初年度は15名、回を重ねる毎に参加者は増え、第4回展では、陶芸19名、染織12名を数えるまでになり、陶芸コース林秀行先生、染織コース久田多恵先生をお迎えし、講評会や交流会に参加して頂き、穏やかで有意義な1日になりました。
この頃には、市民の方々からの反響もあり、ワークショップへの参加や歓迎会開催、陶芸グループの賛助出品や会場設営、当番のお手伝いなど地域の皆さんとの幅広い繋がりが出来るようになりました。第5回展開催に当たり、より充実した内容にする為に瓜生山同窓会との協議を深める中、当時の副会長早野素子さんから「瓜生山同窓会美唄支部」の立ち上げをご提案頂き、全領域の会員を対象にする展覧会へと発展する事となりました。
2010年に美唄支部を設立し、「アルテピアッツァ美唄」では陶芸・染織を、札幌「ギャラリー門馬」では北海道在住の陶・染織以外を対象に展覧会を開催しました。第6回展以降もワークショップ指導教員の招聘や教員の出品を要請し、更に充実した内容の展覧会にすべく、運営スタッフと共に努力して来ました。
しかしながら回を重ねるごとに様々な問題が起こり、それの解決に向けた話し合いを行った結果、残念ながら離脱されたメンバーがいたことも事実です。一時は支部解散も頭を過ぎりましたが、スタッフや展覧会を待ち望んでいる会員の皆さんに励まされ、継続する事となりました。
2013年第8回展から名称を「BIBAIでアート」に 札幌展は「京都造形芸術大学教員と北海道OB展」として再スタートしました。2016年からは道外参加者の減少もあり、6年間継続した年2ヵ所での展覧会を一つに統合して「BIBAIでアート&京都造形芸術大学教員と北海道OB展」としました。コロナ禍での開催は延期になりましたが、今年は昨年リニューアルオープンした「GALLERY MONMA」で前後半に分けての開催となりました。
今後も可能な限り展覧会の継続と会員相互のより良い関係を築く為にも状況の変化に対応できるよう柔軟な発想でしなやかさを失わず、進んで行きたく思っております。また、これまでの展覧会に出品して頂きました先生方にはこの場をお借りして心より御礼申し上げます。先生方が作品を通して私たちにエールを送り続けて頂いた事、何よりの励みとなっております。ありがとうございます。
設立当時2006年頃/美唄アルテピアッツァ
2013年 美唄アルテピアッツァの展示風景
2015年 柴田純生のワークショプ スプーンを作る
2023年 Gallery MONMでの展示風景
谷口文子(2018年度 通信陶芸大学院修了生)
まだ名残の桜が窓から見える「ウィングス京都」のセミナー室で4月8日、清水先生の退任記念講演会がありました。ご来賓に中ノ堂一信先生、竹村智之先生、叶貴夫先生、清水先生の奥様の清水修子様、恵風オーナーの野村恵子様を迎え、嶋田ケンジさんと田中哲也さんお二人のユーモアあふれる司会で終始楽しく進みました。
清水先生の生まれる前の戦前の五条界隈の写真を見ながら、当時のやきもの屋の様子や代々続いてきた清水家の様子を伺うことができました。そしてその八代目として生まれたにもかかわらず、幼いころから家族の誰からも陶芸家になるようにと勧められたり、強制されることもなく自由にお育ちになったようです。そんな中、高校生の時に大阪万博でのパビリオンを見て、建築に魅かれていったそうです。その後、早稲田大学で建築を学ばれ、お父様の清水九兵衞さんとポルトガルに旅行した時は大いに建築への刺激になったということでした。きっと素晴らしい旅だったのだろうと思います。
では、なぜ陶芸家になったのでしょうか。それは建築ではその一部にしか関われないけど、陶芸は一から十まで全部自分が関われるからだと聞いて、なるほどと納得しました。それで先生の作品は建築の要素と土の持つ柔らかさと焼成のときに生じるたわみで以って表現され、唯一無二のものになっているのだと思いました。
先生のお人柄で和やかで穏やかで楽しい講演会となりました。100人近い参加者がありましたが、あちこちらから穏やかで楽しかった、参加してよかったという声が聞こえました。
講演終了後、22年度で退任された竹村智之先生に同窓会から心ばかりの感謝の気持ちをお伝えすることができたのも、繋がりを大事にする陶芸コースならではの心温まるシーンでした。清水先生、竹村先生、長きに渡りお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。